第一話 生命の神秘と生きる意志について
古びた宿の窓から柔らかな日射し。カーテンを弄びながら風が部屋の中に進入する。その部屋のベッドには一人の青年が横になっていた。枕元には長くなった茶色い髪が乱れ、程よく焼けた肌には汗の玉が出来ていた。青年の顔色は少し悪く、多少呼吸が荒くなっているようだった。
トントン…
控え目なノックの音に青年は目を覚ました。扉が遠慮がちに開いて小さな声で呼びかけられた。
「デュラン…」
「誰だ…?」
いまだ靄かかったように重い頭を持ち上げて、上半身を起こす。思う通りに動かない首を動かし扉の方に目を向けた。扉が小さく音を立てて開かれる。
「デュランしゃん、入ってもいいでちか…?」
ドアの隙間から顔を覗かせているのは、よく見知った二人組。青い目に金の巻き毛の小さな少女と、金の目に金の髪を持つ大人と大して変わらない体格を持つ少年。
ベッドの上でデュランが起き上がっているのを見て、しおらしい声の少女は何処に行ったのやら、元気一杯で飛びかからんばかりに駆け寄り、少年はおどおどしながら部屋に入ってきた。
「誰だかわかりまちか?美少女のシャルロットちゃんでち!お見舞いに来まちた」
「デュラン、もう起きてもいいのか?」
ふっとデュランの硬くなっていた表情が崩れ二人を招き入れる。パタパタとシャルロットが枕元に駆け寄った。
「調子はどうでちか?ティンクルレインかけなくていいでちか?」
「オイラ、プイプイ草持って来た。喰うか?」
二人の心遣いに温かいものを感じ、デュランは首を横に振った。
「ケヴィンもシャルロットもありがとな。だが、大分よくなったからいい。温存しておけ」
「わかった」
「了解でち!」
ぴしっと敬礼をした二人だったが暫くして姿勢を崩し、三人は自然と笑みが零れていた。
それにしても、とシャルロットが続ける。
「アサシンバグの毒でバタンQとは、デュランしゃん…猿も木から落ちるってやつでちかね?」
「違う、シャルロット。鬼の霍乱」
「お前等、もしかして喧嘩売りに来たのか?」
一気にデュランの二人に対する好感度が失われていった。見舞いに来たのか疑わしくなってきた。もしや笑いに来たのではないのかと疑心暗鬼に囚われだしたディランの周りに摩訶不思議なニオイが漂う。
「な、何のニオイだ?」
「えへへ、でち」
何かを企んでいるようにしか見えないシャルロットと、玩具を見つけた子犬のようなケヴィンの笑みが怖い。二人は半開きしている扉の向こうに下がると何やら持って来た。
「じゃじゃーん!早く元気になって欲しくて栄養満点の料理を作ってきたでち!」
「デュラン、これ食べて、早く元気出す!」
デュランの目の前に広がるインフェルノ(地獄)。ニオイからして既に有害さをアピールしていたソレは不味そうとか言うレベルではなかった。人類の許容出来る範疇を超えていた。
「うへぇ、何だ、コレ…」
思わず呟いたデュランにシャルロットが胸を張って答えた。
「メガクロウラーの肉をすり潰してバットムの生き血を混ぜた後、ハチミツドリンクで煮込んだでち!!
隠し味は秘密でちよぅ☆」
ケヴィンも残りの料理の説明をする。その顔はどこか誇らしげだ。
「マーマポトの油塗ってラビ焼いた。内臓取って、隠し味にそこら辺のマイコニド詰めた。
それから…他、何入れたか忘れた」
どう見ても、それは毒々しい緑色したペースト状の物に、焦げたラビの死骸。
「…コレは何?」
「「料理!」」
どうしても現実を認めたくはなく、冗談である事を確かめたくて仕方がないデュランの耳に、見事に重なった二人の回答は辛いものだった。デュランを見る二人の目がコレは嘘ではないと物語っている。事実を知ってしまったデュランの目にはいつものような輝きはなく、ただボンヤリと天井を見上げていた。
「……」
どの位現実逃避をしただろうか。お子様コンビの視線でこの世界に帰ってきた。シャルロットの手にはスプーンが、ケヴィンの手にはナイフとフォークが握られ、喜々としてデュランの口を狙っていた。そんな二人が食べさせてくれそうな雰囲気に、渋々ながらもデュランは鼻をつまみ、シャルロットが差し出すトレイを受け取った。自分で食べる素振りを見せ、二人の残念そうな表情を見て胸をなで下ろすと、さっきから持っている疑問をぶつけた。
「ところで、ケヴィンやシャルロットはこのニオイ辛くないのか?」
「うん!途中でわからなくなった!大丈夫!」
「そりゃ、途中で鼻が馬鹿になっちまったんだよ…」
デュランは肩を落とした。どう見ても人が食す、否、食せる物には見えない。果たしてコレを見て料理だと思うのは何名程か。
「これを俺に喰えと…?」
デュランの頬の筋肉が引きつっていた。シャルロットは真剣な眼差しを向け、ケヴィンは拳を握り締めデュランの前につき出した。
「デュラン、毒を以て毒を制す!」
「デュランしゃん、背水の陣でち!」
二人の力強くも温かい言葉に、デュランの体から力が一気に抜けていく。
「わかって言ってるのか?…やっぱりお前等、俺に死ねと言いたいんだろう?」
目の前にあるのは二人で創った自信作。
その料理を早く食べないかな、喜んでくれるかな、と綺麗な瞳で見つめてくる純粋な期待が痛い。持ち上げたスプーンが剣よりも重く感じるのは何故だろうか。デュランは持ち上げたスプーンをおろし、答えが予想出来る問いを訊ねた。訊ねずにはいられなかった。
「…誰だよ、お前等に料理作製許可与えた奴」
普段包丁さえ握らせてもらえない二人の答えは見事に和をなしていた。
「「ホークアイ!!」」
「あの野郎…やっぱりな」
唇を噛みしめ、やり所のない怒りに肩を震わせる。どうにかしてこの罠から脱出しなければ。
暫く考えている内にいい考えが浮かんできた。そしてそれをそのまま声に出していた。
「あー…、栄養バランスが良さそうだな。うん。
だけどな、俺、今は食欲ないからホークアイにやってくれないか?
アイツの方が最近バテ気味だし、アイツに栄養つけさせないと今後が困るし…」
二人を騙すのは気が引けたが、自分自身の、唯一の、尊い、命を守る為にスラスラと嘘が出てきた。しかし、この小悪魔達はデュランを見逃してはくれないようだった。
「でも、デュランしゃんの為に作ってきたでち。
ケヴィンしゃんと二人で頑張って捕まえてきたんでちよ?デュランしゃんに…」
感覚的に拒絶されたのがわかったのか、シャルロットは少し涙目になっていた。デュランの心に分身斬が炸裂する。デュランだって二人の努力を評して不味かろうとも食べてやりたい。だが、食べてやりたいのは山々だが、一口でも致死量なのは目に見えている。食べる訳にはいかない。まだ故郷には幼い妹と叔母が待っている。たった一人の妹を養う為にも、今まで育ててくれた叔母に恩返しする為にも、デュランは倒れる訳にはいかなかった。
「オイラも、頑張って料理、した。デュランに、早く元気になって欲しくて…」
シャルロットですでに死にかけていたデュランの心は、ケヴィンのシュンとした姿に百花乱舞でトドメを刺されたような衝撃を受けた。
「……有り難く頂かせてもらうな」
もう精神的ダメージを受ける訳にはいかなかった。心は廃人寸前だった。
「行くぞ!」
子供達が見守る(監視する)中、ゴクリと喉を鳴らし少し酸化しているスプーンで緑色のスライムもどきを掬い上げようとして驚いた。何と、スプーンが綺麗になったのである…溶けて。
「何ぃ!嘘だろーーーーーっ!」
金髪コンビも驚いていた。慌てた様子でお互い顔を見合わせた。
「金属溶けるの入れたか?」
「うーと、隠し味…間違いでちたかね?」
「…?デュランどうした?」
心配そうに覗き込むケヴィンの耳にデュランがブツブツ言っている声が聞こえた。
「デュラン?何?」 訊ねてくるケヴィンに関心を払わず、デュランは布団の端を握り締めたまま呪文のように同じ台詞を呟いていた。
「……………………」
二人とも顔を見合わせて耳を傾けた。
「……………………」
「??」
二人がデュランの後について復唱する。
「……………………」
「「ウチュウノぶらざーカラノコエガキコエマス。
トウサン、ソコハタノシソウダネ。ボクモそこニイッテモイイ?アハハ、ウフフ」」
顔面から血の気が引いていくケヴィンとシャルロット。
「デュランが壊れたーーーーーーっ!」
それから奇跡的に回復したデュランであったが、もう二度と、彼は何があってもシャルロットとケヴィンに料理をさせることはなかった。
第一話 完
第二話 生と死、魂は何色をしているか
太陽が家に帰り、そろそろ月が空を散歩し出す時間。
自由都市マイアの宿屋前で、ロードが持つ事を許される剣――シグムンドを腰に提げた茶髪の青年が、青竜の道着を着た金髪の少年とアンデッドスーツに身を包んだ少女を交互に見た。その姿はまるで遠足に来た生徒と引率の先生のようだ。青年は出席を取るように二人の名を読み上げた。
「ケヴィン!」
「おう!」
「シャルロット!」
「はいでちー」
とても闇の力に染められている身とは思えない、お子様二人が元気良く返事をする姿に――いささか不安を感じながらも――、今日も元気な様子に安堵した青年は自らの肩を叩く。自然と漏れた長いため息に子供達が反応した。
「デュラン、疲れたのか?」
「デュランしゃん、ヒールライトしまちよ?」
ケヴィンはデスハンド、シャルロットはネクロマンサーであり、人の事などどうでも良いと思いそうなクラスの金髪コンビが心配する姿に、――その疲れた原因の何割かは彼らに有る訳だが、それを言う訳にはいかず――総合責任者・デュランは苦笑した。疲れた表情ではあったが、子供達に素敵な歯を見せた。
「今日はここに泊まるからな。俺は買い物に行くから、それまで自由行動してよし!」
「わーい、でち!」
嬉しそうにはしゃぎ回る二人の頭をポンポンと軽く叩いて、デュランの姿は商店街へと消えて行った。
保護者・デュランが去った事で少し緊張が取れたのか、可愛い子供の仮面が剥がれた。悪戯好きの猫のように辺りに何か獲物はないか探し出す。
ちょうどいい玩具を見つけたケヴィンは、早速シャルロットに提案した。
「シャルロット!あの子と遊ぼう!」
ケヴィンが見つけたのは宿の側に繋がっている犬だった。
その犬とどう遊ぶか考えているケヴィンは、獣人化していれば尻尾をパタパタと振っていただろう。そんなケヴィンを見ているのも楽しいシャルロットは、しかしすまなそうな表情で首を横に振った。
「今、シャルロットは穏やかにお散歩したいでち。ケヴィンしゃんすまんでちね」
ケヴィンは少し残念そうに、気にしていないとにっこり微笑んだ。
「そっか。気をつけて」
「うん!行ってきまち!」
ケヴィンは少し不安そうにぽてぽて歩くシャルロットの後ろ姿を見送った。
「シャルロット、途中で転けないといいんだけど…」 そう一言呟いてケヴィンは犬の元へ向かった。
夕闇が辺りを包む頃、シャルロットはまだ外をうろついていた。
「なーんか面白い事はないでちかねぇ」
そして彼女は何かを見つけて微笑んだ。ペットにしたい位可愛い野良が三匹。
「よちよち、シャルロットちゃんは怖くないでちよ。こっちにおいで」
そろそろとシャルロットに近づく姿にシャルロットの胸がキュンとなる。
「フランソワ、ピエール、クリストファに決定でち!!」
つけられた名前に満足しているのか、嬉しそうに見える野良が更にシャルロットの心を擽る。
「可愛いでちぃぃ!!シャルロットちゃんに任せるでち!」
以前もシャルロットは野良猫や犬を連れてきてデュランに怒られたのだが、そんな事はもう頭の隅にもなかった。
「ついて来るでちよぅ!」
シャルロットは鼻歌を歌いながら三匹を連れてデュラン達が待つ町へと踵を返した。
シャルロットの帰りを待って、街の入り口で待機していたデュランはシャルロットの連れてきた物体を見て吠えた。
「なんじゃこりゃーーーーーーー!」
「可愛いでちょ?この子がフランソワで、ピエール、クリストファでち!!」
シャルロットは一匹一匹を得意げに、嬉しそうにデュランに紹介していった。そんなシャルロットの姿が見えてないのか、無言で腰のシグムンドに手をかけ、カチャリと鳴らして斬りかかろうとするデュランの耳に超音波が襲った。
「デュランしゃんの馬鹿ぁ!」
デュランは耳を押さえて踞った。涙目のシャルロットは叫んだ際のカロリー消費が激しかったのか、暫く肩を上下させていた。
「何で殺そうとするんでちか?!」
己を信じ、頼る者の為に戦う騎士になった青年が、連れてきた三匹を殺そうとした事実にシャルロットは驚いた。今までシャルロットは何度も野良やら捨てられたペットを拾ってきたがこんな事はなかった。今まで彼は元の場所に返してこいと優しくシャルロットを諭すだけだったのに。
優しかったデュランは何処へ行ったのだろうか。シャルロットの疑問に答える者は誰もいない。当のデュランはなかなか耳を押さえたまま動かない。つばを飲み込み、もう一度シャルロットは子供が母親におねだりをするように、何も言わなくなったデュランに“お願い”した。
「ねえ、飼ってもいいでちょ?良い子達でちよ。餌も用意しなくていいし、散歩も自分で出来るし…」
デュランはシャルロットの叫声の所為でいまだに耳を押さえつつも何とか心を落ち着ける。深呼吸をしたデュランはシャルロットにとってキツイ一言を浴びせた。
「駄・目・だ」
シャルロットの泣き声が街の入り口にこだました。デュランがしゃがんでシャルロットの頭を撫でるが一向に効果がない。
自らの行動に後悔はない。間違った事はしていないと胸を張って答えられる。しかし、どんなに自分が正しかろうとも、言い方というものがある。今が正にそうだった。デュランが理屈をこねて説得を続けていたが、まだまだシャルロットの涙が涸れそうな気配を見せそうにない。
小さい子を泣かしている。その事実がデュランの奥底に刺さり良心が疼く。ほとほと困り果てたデュランに名案が浮かんだ。
「シャルロットちゃん、ケヴィンがいるからいいだろう?」
それはフランソワ、ピエール、クリストファへの対抗馬にケヴィンを持ってくる事だった。
猫なで声でシャルロットを刺激しないようにケヴィンの話を持ち出した。シャルロットにはデュランの真意はわからない。デュランはこれ以上迷惑や(特に)支出が増えるのを畏れている為に、巧く自分の心を隠していた。
「ほら、ケヴィンは尻尾もあるし肉球もあるし、何てったって、ふかふか毛皮だぞぅ!
それにな、一緒に遊んだり、おんぶしてくれたりもするだろう?な?」
デュランが(ペットとして)ケヴィンの良さをセールスするがシャルロットは聞き分けない。イヤイヤと首を振る。とうとうデュランはムッとしてシャルロットに訊ねた。
「お前なぁ、ケヴィンのどこが嫌なんだよ?」
「ケヴィンしゃんは“お手”してくれないでち〜〜〜〜!」
デュランはがっくりと頭を垂れた。
「俺が躾(?)しておくから…な?」
ケヴィンのパーティにおける人権は消滅した。その台詞にシャルロットはキッと睨んだ。シャルロットはケヴィンの味方になるのか?たじろぐデュランに次の台詞が突き刺さった。
「デュランしゃんがしたら駄目でちぃぃぃっ!!自分でする事に意義があるんでちぃっ!」
ケヴィンで誤魔化そう作戦失敗。以後、ケヴィンの人権回復見込みナシ。
デュランは舌打ちすると、作戦を切り替えてストレートに駄目だを連呼した。
ムキになったデュランは余所を向いてシャルロットの変化に気づかなかった。デュランがふと冷静になった頃には、大粒の涙に変化したシャルロットの泣き声は最恐の域に達しようとしていた。
その所為か、町の人がデュラン達をチラチラと見ていた。近づこうとしないのが幸いだった。流石にこれ以上騒ぎを広げ気づかれるとヤバイ。焦ったデュランが泣き止ませようとするが、シャルロットは三匹を飼ってもらうまではと根性を見せていた。どうしようかと苦心しているデュランの耳によく知った少年の声が聞こえてきた。先程の話題のペット、否、話題の人――ケヴィンである。
何げに酷い事を言われていたのを動物的直感でわかったのか、騒ぎを嗅ぎつけてなのかどうなのかはわからないが、ケヴィンがデュランの側にやってきた。
「??シャルロット、何で泣いてる?」
ケヴィンはシャルロットとデュランの両方に視線を彷徨わせる。デュランは眉間にしわを寄せ、シャルロットはしゃくりあげて泣いていた。状況をわかっていないケヴィンがシャルロットを泣き止ませようとシャルロットの頭を撫でる。セラピー効果があったのだろう、落ち着いてきたシャルロットに深呼吸をさせてケヴィンはデュランに向き直った。
「デュラン、どうした?どうしてシャルロット泣いてる?」
ケヴィンの、少し怒気を含んだ声に問い質される。デュランは肩を竦めるとため息を吐いた。
「…これを見ろ」
ただそれだけを言い、押し黙ったデュランが指差す先にあったものは…。
「げっ!」
シャルロットの後ろにある木陰にはゾンビが三体あった。倒そうとケヴィンがスカルディセクトを構えた時、死者のつちほこを握り締め、シャルロットが涙目でケヴィンを睨んだ。
「駄目でちぃ!」
「で、でも…」
ケヴィンは戸惑いながらも構えを解いた。死をもたらす手――デスハンドの名に相応しい最強の格闘家も、やはり泣く子には勝てない。
ケヴィンを押し退け、シャルロットは慈愛に満ちた笑みを浮かべた。目の周りをごしごしと拭いゾンビ達に語りかける。
「大丈夫でちよ…シャルロットが守ってあげる」
その顔は美しく輝いていて、堕落したとは言え聖職者に相応しい顔立ちだった。だが、怖ろしくも見えたのは気のせいではないだろう。
シャルロットの側でうねうね動くゾンビに生理的嫌悪感が感じられるデュラン達には、彼女がネクロマンサーだとは言え、何故に彼らを愛しそうに接しているのかわからない。デュラン達にとっては忌むべき敵だ。
「…とにかく返して来い」
デュランは後ろを振り向かずに宿へと戻っていった。
「(オイラ的には倒した方が良いけど)一緒に返しに行こう」
ケヴィンも振り向かずにシャルロットの肩をポンッと叩いた。
スカルディセクトの爪を鳴らしながら、ケヴィンは先頭を歩いていた。ちょくちょく振り向いてはシャルロットと離れていないか確認をする。シャルロットは顔を伏せて力なく歩いていた。フランソワ、ピエール、クリストファと別れる時間を引き延ばす為か、シャルロットの足はなかなか進まない。
「シャルロット、デュラン待ってる…」
そうやってケヴィンが急かすと渋々ペースをあげるが、すぐにスピードダウンする。しかしどんなに延ばそうとしても別れの時は着実に近づいていった。三匹を拾った場所に着いたシャルロットはゾンビ達をじっと見つめ、押し止める事の出来ない涙を頬に伝わせていた。
「フランソワ、ピエール、クリストファ…。元気に暮らすんでちよ…。悪い人に掴まらないようにするんでちよ。バイバイ…」
もう死んでる、とも、むしろ逆だろ、ともツッコミを入れずに、ケヴィンはシャルロットの方を見た。寂しそうなその姿に胸が締めつけられる。
「シャルロット、オイラ達はずっといる。元気出せ」
慰めようとするケヴィンにシャルロットはにっこりと左手を差し出した。
「じゃあケヴィンしゃん、いい加減“お手”してくれまちよね?」
ケヴィンは言葉に詰まった。嫌と言えば、ただでさえ緩くなったシャルロットの涙腺が壊れ、最強の泣き声が彼の鼓膜を破り、死者のつちほこで葬られた後、魂は拘束され、肉体は様々な実験に使われるだろう。普段ならまだしも、今、悲しみMAXのシャルロットの気を悪くしてはいけない。負の感情が彼女をいつも以上に無邪気で残虐にすると推測される。何をされるのかわかったものではない。
ケヴィンは仕方なく右手をぽふっと乗せた。生きる為にプライドを捨てた。ため息が出そうになるのを堪えてシャルロットの言う通りに動く。
だから、ため息を吐き遠い空を仰いでいたケヴィンは気づかなかった。
「ふふふ…」
シャルロットの笑みに気づけば彼は今頃逃げられたかも知れない。その晩、ケヴィンの悲しげな遠吠えがこだました。何があったのかはわからない。翌朝、デュランは部屋の隅で震えているケヴィンを捕獲した。
第二話 完
第?話 世界の摂理と乙女心の相違性について −解説者・美少女(自称)と世界最強の下僕たち−
このお話は、女房に逃げられた呑んだくれ亭主が、散歩の時はご主人様を引きずる位元気で飼い主をなめているとしか思えない番犬と、口から先に生まれたのではなかろうかと思わせる程喧しい幼児を背負い、女房を探す物語である。
「誰が駄目亭主じゃーーーーーー!」
「こんな可愛いシャルロットちゃんをガキンチョ扱いするとは失礼でちね」
「番犬?もしかしてオイラ…??」
気に入らないと仰るか。
それでは変えまして、天真爛漫なお子様と癇癪持ちの暴れん坊、どちらかと言ったらお子様の味方のらぶりーワンワンが繰り広げる愉快な冒険譚である。
「………」(←否定できないらしい)
「むー…、眉目秀麗に変えて欲しいでち」
「やっぱりオイラ……犬?」
これならどうだ!
月の王子様と神殿に住むお嬢様、そしてただの傭兵の悲しい恋の物語。
「ただの傭兵で悪かったな。
それにしても全然上の話に関係ねーじゃん。上の粗筋でいくと…シャルロットを巡ってケヴィンと戦えってか?」
「ふふ、シャルロットちゃんてば罪な女でちね」
「罪?シャルロット悪い事したのか?」
「ケヴィン、それは違う。
それにしてもなぁ、シャルロットを?冗談じゃねぇ!それならシャルロットとケヴィンを取り合った方がマシだ!!」
「むきー!アンタしゃんはなんて事言うでちか!!
この美少女シャルロットちゃんがケヴィンしゃんに劣るとでも言うんでちか!!!」
「劣る」
「……アンタしゃん、今、死刑決定でち。死体は有効活用してやるでちから感謝しろでち」
「今言ったの俺じゃねぇ!!」
「シャラーーーップ!!」
「オイラ冗談で言ったのに…」
第?話 完
|