湿ったなまあたたかい風が、さっと目の前をよぎった。 頬にぽつりとしずくが当たり、ゲランは顔をしかめて空を見上げた。西の空からせりだしてきた黒雲は、今や天の半ば以上を覆いつくし、晴れ渡っていた秋の空を飲みこもうとしている。
彼は周囲をすばやく見渡した。右手にはさざ波のたつ湖、左手はゆるやかな起伏の続く草原。波のようにうねる大地をしばらく行った先に、ぽつんと楡の木が立っている。緑の葉が茂る暗い木陰が、いかにも雨宿りに最適なように見えた。棍と合財袋をかつぎ直し、ゲランは足早に歩きだした。
ようやく楡の木の下に入ると、彼は袋を下ろし、棍を幹に立て掛けた。ぱたぱた、と気ぜわしげな音が聞こえ、振り返ると大粒の雨が、ひとつ、ふたつ、まばらに草の葉に当たってはじける。と思うと、いきなり強く降りはじめた。けたたましい雨音が鼓膜を圧し、あっというまに周囲は灰色の雨にかすんだ。
ほっと、彼は胸をなでおろした。雨宿りの場所が見つからなかったら、今頃はびしょ濡れになっていただろう。雨に濡れれば体が弱る。弱れば身動きがとれなくなり――――。
もっとも、とりあえず今は、その心配も無い。同盟軍の城に客人として住まうようになってから、衣食住はきちんと確保されているのだ。
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