「Don't disturb!〜そのおとぎばなし、ハチャメチャにつき〜」





                むかーしむかし、その昔。
                とあるお城のそばに広がる大森林のその奥に、
                一軒の古い古い塔が建っていました。
                塔には、眠れる美しい姫君と
                彼女を見張る恐ろしいドラゴンが住んでいました。

                けれどある日、一人の騎士がやってきて
                ものすごい戦いの果てに、悪いドラゴンを眠らせました。

                そしてお姫様は、晴れて自由の身になったのです…。




 今日も今日とて、お妃さま兼暗黒魔女のアンジェラ嬢。
 魔法の鏡に語りかけます。
 「鏡よ鏡、魔法の鏡。この国のナンバーワンは誰かしらぁ?」
 返事がなければ怪しいことこの上なしなのですが、本人はお構いなしのようです。
 待つこと数秒。鏡の表面がゆらゆら波立って、鏡の精さんが顔を出しました。
 「なんやアンジェラはん、まーたその話かいな。あんさん一体何回聞けば気が済むんや?」
 「うるさいわね、お約束なんだから付き合いなさいよ」
 鏡の精さんのツッコミに、お妃さまは半眼で答えました。なんとなく杖を持ってる右手に、力がこもっているようです。
 「ああ、わかりましたわ。ちゃんと答えますよって、その杖降ろしたってぇなー」
 お妃さまの説得に、どうやら鏡の精さんも分かってくれたようです。なんとなく青ざめているようでもありますが、鏡の精さんの身体は元々真っ青なのでよく分かりません。
 「もう、アンジェラはんにはかないまへんわー」
 鏡の精さんはぼやきながらも、いつもの通り候補を上げていきます。
 「そら、お色気ナンバーワンならアンジェラはんやろ。指名率もダントツや。対抗馬はリースはん。ちょい色気が足らんけど、そこはそれ、和み系ちゅうこっちゃな。…でもなあ」
 「…でも?」
 思わず身を乗り出すお妃さま。そう、ここが大事なところなんです。
 「一番敵に回したくないお人っちゅうたら、…やっぱあの人やろ」
 鏡の精さんは囁くように言うと、慌てて「くわばらくわばら」と口の中で唱えました。
 「やっぱり…アイツ…」
 お妃さまはぎりっと歯噛みしました。なんとか気を取り直すと、再び鏡に問い掛けます。
 「それで、アイツは今どこに?」
 「ここや、ここ」
 言葉と共に鏡の表面がゆらゆら揺れて、とある場所を映し出しました。思わず絶句するお妃さま。
 それはそうです。ここはお妃さまもよく知っている場所だったんですから。
 「アイツ…こんなとこに隠れてたの!?」
 「そうや。ここで小人はんたちに護られてますのや。アンジェラはんがよう手ぇだせんの知ってるんですわ」
 お妃さまはそれには答えず、しばらく鏡に映ったその場所を睨みつけていましたが、やがてにんまりと笑いました。
 「そうね、確かに難しいわね。でも、手がないわけじゃないわよ」


 お妃さまに呼ばれた狩人さんが鏡の間に入ってきた時、お妃さまは高笑いをしながら魔法の大鍋をかき混ぜていました。
 「リース、お呼びにより参上しました」
  「ホーホッホッホ!見てらっしゃい、ホーホホホホ!!」
 「あの、アンジェラ…?」
 「ヲーホホホホ、ホーホホホホッ!!」
 「…」
 狩人さんはそっとお妃さまの背後に忍び寄りました。お妃さまはまったく気付く様子もなく、ヤケ気味に笑い続けています。
 「ホーホホ…」

 すぱぁん!

 「ホヘッ!?」
 いきなり後頭部をハリセンでひっぱたかれて、お妃さまは慌てて振り返りました。
 「なによいきなり、痛いじゃない!」
 「いつまでも気付いてくれないからです。さっきから、何をバカ笑いしているのです?」
 「バカ笑いですって〜!?」
 むっとした表情のお妃さまに、狩人さんはそ知らぬ顔で答えます。
 「あら、私は『高笑い』と申し上げたのですけど?聞き違いとは、貴方らしくもない」
 「…」
 ぐっと詰まって、お妃さまは狩人さんを睨みました。とはいえ、今日はそんなことで争っている場合ではありません。気を取り直して、笑っていた理由を説明しました。
 「魔女が魔法薬を作る時は、できるだけアヤシく高笑いしなくちゃいけないお約束なのよ。それよりリース、重大ニュースよ」
 「どうしました?」
 きょとんとしている狩人さんに、お妃さまはそっと声を低めて言いました。
 「アイツ…スノウホワイトが生きていたのよ!」
 「まあ、生きていたのですか。良かったわ」
 「良かったわって、あんたね…」
 お妃さまは頭を抱え込みました。狩人さんは心底ほっとしているようです。にこにこしながら爽やかに言いました。
 「だって、あの時は今度こそ本当にコロしちゃったかと思ってたし…」
 「そうよね、森半分ごと吹き飛ばせば、普通はそう思うわよね」
 実は、お妃さまはこの狩人さんに、「スノウホワイト暗殺」を頼んでいたのです。でも、それは可哀想だと思った狩人さんは、スノウホワイトを逃がしてあげようと森へ連れて行きました。
 それがどういう手違いか、スノウホワイトは今まで生死不明になってしまっていたのです。
 その理由は…。
 「大体、フツー森の中でラミアンナーガ喚ぶ?半分で済んで良かったわよ本当に」
 お妃さまの呆れた声に、狩人さんは赤くなって、恥らうように両頬を押さえました。
 「だって…いきなりデートしようだなんて大胆なこと言うんですもの…」
 『それだけで魔神を喚ぶんか、あんたは!』
 お妃さまと、いつの間にか一緒に聞いていた鏡の精さんが同時にツッコミます。どうもこの狩人さん、随分マイペースな方のようです。
 しかしラミアンナーガ召喚でも倒せなかったのだから、スノウホワイトなる人物、まったく侮れません。お妃さまは改めてスノウホワイト暗殺の難しさを噛み締めたのでした。
 「と…ともかく、アイツはまんまと生き延びて、今は小人たちに護られているわ。あたしが手を出せないと思って、油断してるに違いない。今度こそ絶対に仕留めてやるのよ!」
 全然諦めてない様子のお妃さまに、狩人さんはため息混じりに言いました。
 「いい加減、諦めて仲良くしたらどうなんです?この前だって友好の印って、贈り物をくれたじゃないですか。…まるで炎のように輝く、綺麗な銀のダンスシューズ」
 「そう、正当な持ち主以外の人間が履けば、死ぬまで踊り続けるって呪いつきの奴をね!」
 お妃さまは忌々しそうに棚を指差しました。確かにそこにはガラスケースに収まった銀の靴が鈍い光を放っています。
 「あの時は、本ッ気でお花畑が見えたわよ…」
 「あら素敵、セキュリティもばっちりですね!」
 こ…この女…。
 くらくらする頭を抱えつつ、お妃さまは「こいつこそ先に倒しておくべきだろうか」と一瞬本気で悩みました。わざとなのか、天然なのかさっぱりつかめない。どうにも苦手なタイプなのです。
 「それはそうと、これはなんなんですか?」
 お妃さまの葛藤などまったく気付く様子もなく、狩人さんは、甘い香りを放っている大鍋の中を覗き込みました。お妃さまもその言葉で足りない材料のことを思い出し、薬棚の方へ向かいつつ答えます。
 「ああ、それね。まだ未完成なんだけど…」

 ぐび。

 「ぐび?」
 妙な音に慌てて振り返るお妃さま。なんと、狩人さんが手にしたお玉で鍋の中身を味見しているではありませんか!
 「ちょ…ちょっとリース!!」
 お妃さまは続く言葉が見つからないまま、口をぱくぱくさせました。
 「え?」
 振り返った狩人さんの目と、お妃さまの目がばっちり合いました。
 まるでそこだけ時間が止まってしまったように固まる二人。

 「…まあ」
 やがて、狩人さんは胸の前でぽん、と両手を打ち合わせてにっこり笑いました。
 「アンジェラ…」
 「ななななに?!」
 対するお妃さまは、真っ青になって後退ります。だって、お妃さまが作っていた薬は…。
 「好き!」
 声と共に抱きついてこようとした狩人さんを、慌てて躱すと、お妃さまはひぃぃと悲鳴を上げました。狩人さんが代わりに抱きついてしまった女神像が、彼女の腕の中でばらばらになってしまったからです。
 魔法金属の女神像さえ抱き砕く、恐るべき怪力。
 狩人さんは、ぽんぽん、と欠片を叩き落とすとくるりとお妃さまに向き直りました。
 「アンジェラーー、大好きーー!!」
 「いやあぁぁぁぁ来ないでぇぇぇ!!!」
 泣き叫びながら逃げ出すお妃さまを、それこそ辺りを破壊しつつ狩人さんが追いかけていきます。
 お城中を走り回って、恋と死の追いかけっこは数十分続きました。

 「ぜはーっ、ぜはーっ、ぜはーっ…」
 「もうーアンジェラったら、そんなに必死で逃げることないじゃないですかー」
 再び戻ってきて、お妃さまの鏡の間。
 疲れ果てて死にそうになっているお妃さまを団扇で扇ぎつつ、正気に返った狩人さんが笑っています。あんなに走り回ったのに汗一つかいていない辺り、この人も侮れません。
 「あ…あんたね…」
 辛うじて口を開いたものの、お妃さまにはもはや言い返す気力もありません。がっくりとなったまま、今作っている薬の凄まじい効果を痛感していました。
 完成さえしてしまえばもうこっちのもの。そしてレシピはばっちりです。

 だってそれは、お妃さまが昔受けた呪いの薬なんですから。




 「じゃあ、頼みましたよ。場所はここ。大事な贈り物ですから、絶対に途中で食べたり捨てたりしてはいけませんよ」
 「分かってまちよう。シャルにどーんとまかせるでち!」
 胸を張ってにっこり笑う女の子に荷物の入った籠を手渡しながら、狩人さんは心配そうにため息をつきました。
 お妃さまは心配ないと言いましたが、女の子に行ってもらうのはこの辺ではとても有名な場所だったからです。でも女の子はそれを知りません。そこにいるスノウホワイトに差し入れをしてほしいとしか聞かされていないんです。
 「半分になっても深い森ですから、道を間違えないように。もしも狼やドラゴンに遭ったらすぐに逃げてくださいね」
 「はいでち。きっぽーを待っててくだしゃい」
 女の子は自慢の赤いずきんをかぶり直すと、小さな身体には不似合いな大きな籠を背負って出かけていきました。
 女の子の名前はシャルロットといいますが、トレードマークの赤いずきんから、皆からは「赤ずきんちゃん」と呼ばれています。ちょっとしたお駄賃でお使いをしてくれる中々便利なお子様です。
 でも今日のお使いは、商売始まって以来の大仕事。
 だって森の奥に行くなんて、初めてなんですから…。

 「んー…さすがに深い森でちねえ…」
 赤ずきんちゃんは、森の入り口で地図を片手にきょろきょろ辺りを見回しました。
 この森の奥の方には、ドラゴンが住んでいるという言い伝えがあります。ずっと前に退治されたという話ですが、本当かどうかは分かりません。それでなくても、狼が出ると噂の場所なのです。
 「道に迷っても元の場所に戻れるようにしないと、だめでちね…」
 ほんの少しの間考え込むと、籠からお弁当のパンを取り出しました。
 「もったいないでちけど、これをちぎって落としていけば、帰りはラクショー!お昼ごはんはスノウホワイトしゃんのところでごちそうになればオッケーでち。うん、シャルってなんておりこうしゃんなんでちょう!!」
 自画自賛とはまさにこのこと。早速パンを小さくちぎって、足元に落としました。
 こうして、パンの欠片の道しるべを残しつつ、赤ずきんちゃんは森の中へと進んでいったのでした。

 パンが半分ほどの大きさになった時、赤ずきんちゃんは誰かの気配を感じて振り返りました。今まで歩いてきたその道の向こうには、まだお城が小さく見えていましたが、誰の姿も見えません。
 深い深い森の中で、聞こえるのは小鳥のさえずりだけ。赤ずきんちゃんは急に怖くなってきました。
 「…うう、だ、大丈夫。ちゃんとパンだって落としてきてるし、帰りはすぐでち…」
 元気をだそうと、ついさっきパンを落とした場所を見やります。

 ところが。

 「え?!」
 確かにさっき落としたはずのパンが、すっかりなくなってしまっています。赤ずきんちゃんは慌てて、その前に落としたパンを探しました。けれど、それもなくなってしまっているんです。
 きっと、蟻さんや小鳥さんに食べられてしまったに違いありません。
 「ど…どうしよう…」
 もしかしたら食べられてしまったのはここだけかもしれません。気を取り直してもう一度欠片を落としました。
 その瞬間。

 ごそ。

 すぐそばの草むらがごそりと動くと同時に、にゅっと伸びてきた手が欠片をさらってしまったではありませんか!
 「こらあ!!」
 赤ずきんちゃんは怖いのも忘れて、草むらを思い切り掻き分けました。
 「わ!びっくりした!!」
 そこにいたのは一匹の狼さん。パンの欠片を慌てて口に押し込んで、逃げようとばたばたしています。
 「あんたしゃん、人の苦労を水の泡にして逃げようとは、ずいぶんいいコンジョーしてるでちね!!」
 「く、苦労?パン、捨ててた。拾う、ダメか?」
 どうやら狼さんは、赤ずきんちゃんがパンを捨てているのだと思ったようです。赤ずきんちゃんは、ぷうと頬を膨らませました。
 「捨ててたんじゃありまちぇん!これには深い深ーいわけがあるんでち!!」
 赤ずきんちゃんは、相手が狼さんだということも忘れて事情を話して聞かせました。本当は、深い森に一人きりでちょっぴり寂しくなっていたんです。
 狼さんは大人しく赤ずきんちゃんの話を聞いていましたが、狼さんのお腹は静かに聞いてはくれませんでした。よっぽどお腹が空いているのか、ぐうぐうと大きな音がなっています。
 話を聞き終わると、狼さんは申し訳なさそうに言いました。
 「ごめん、おいら、きっとそのメジルシ、全部食べた…。その、おいら、昨日から、食べてなくて、腹ぺこ。本当に、ごめんよ」
 狼さんのしょげ返った耳やぐうぐう鳴っているお腹を見て、赤ずきんちゃんはなんだか可哀想に思えてきました。
 「もういいでちよ。それより、このパンあげるでち。少しはましでちよ」
 「あ、ありがとう!」
 狼さんはとても嬉しそうににっこり笑うと、半分になってしまったパンを受け取りました。
 思い切り食いつこうとして、大きなお口を開きます。でも、急にはっとした顔になると、パンを持った手を下ろしてしまいました。
 「どうしたでちか?」
 「これ、オマエの昼ご飯。全部とる、よくない。半分返す」
 「いいでちよ。めじるしに使っちゃうつもりだったんでちから。それに…」
 答えかけて、赤ずきんちゃんははっと思いつきました。狼さんは不思議そうに赤ずきんちゃんを見つめています。
 「どうした?」
 「ね、シャルといっしょに行きまちぇんか?シャル、そこでお昼におよばれするつもりなんでち。狼しゃんもいっしょに行けば、きっとごはん食べさせてもらえまちよ!」
 「本当?!」
 狼さんの顔がぱっと輝きました。大急ぎでこくこくと頷きます。
 「おいら、一緒に行く!」
 「決まりでちね!じゃ、そのパン食べちゃっていいでちから、かわりにこのかごを持ってくだしゃい」
 「分かった!」
 狼さんはもう一度頷くと、大急ぎでパンを頬張りました。喉に詰まらせそうになって、目を白黒させている狼さんに水筒を差し出すと、赤ずきんちゃんはにっこり笑いました。
 (狼しゃんがいっしょなら、こわいこともないし、おまけにテブラでラークラク!くふふ、イッセキニチョーでち!)
 「あ、じこしょーかいしてなかったでちね。シャルのお名前はシャルロットでち。あんたしゃんのお名前はなんでちか?」
 「おいら?おいら、ケヴィンだ。よろしくな、シャルロット」
 そしてちゃっかりお供をゲットした赤ずきんちゃんは、再びお使いの旅に出発しました。
 目指すは森の一番奥、スノウホワイトの住むという古い古い塔。




 「ほえ〜…ここがスノウホワイトしゃんのおうちでちか…。なんか、すっごいとこでちね」
 ようやくたどり着いた二人は、ぽかんと口を開けて目の前の塔を眺めました。狼さんはくんくんと鼻を鳴らして周囲の匂いを嗅いで回っています。
 「なんだかお菓子やさんみたいでちね…」
 その感想も当然のこと。二人の前に立ちはだかる壁には、一面にとっても美味しそうなビスケット柄のレンガが貼り付けてあったんです。ぴっちりと閉じられた扉は、つややかなドレンチェリーのついたクッキー形。窓飾りは生クリームの飾りのように、白くて綺麗なラインに、きらきら光るアラザンが散らされたデザイン。
 まるで塔全体が甘い香りを放つ大きなケーキのようです。
 二人は顔を見合わせると、扉に目をやりました。本当はすぐにも扉を叩いて、中に入れてもらいたかったのですが、そうできない理由があったんです。

 だって、甘そうな外見とは裏腹に、扉には厳重にイバラが巻きついて封印されてしまっていたんです。おまけにドアノブには一枚の札がかかっていました。

 『Don't Disturb! この姫君、凶暴につき。』

 なんか、アヤシイ。
 お互い口には出しませんが、表情には思い切り表れています。
 赤ずきんちゃんは、もう一度手元の地図を見直しました。確かに場所に間違いはありません。
 「留守かなあ…」
 そうかもしれませんが、それにしてはあの扉はなんだかずっと使われていないように見えます。二人はもう一度塔のてっぺんに開いている(唯一の)窓を見上げました。
 「あそこ、開いてるよね…」
 しかも、なんだか紐がぶらさがっているようです。
 「まさか、あそこから出入りしてるでちかね…」
 恐る恐る窓の真下へやってくると、ぶら下がっているものに目をやりました。それは銀色の髪の毛でできた、長い長い三つ編みでした。その脇の壁に、張り紙がしてあります。扉の札の時同様、字の読める狼さんが声を出して読んでくれました。
 「『ご用のある方は、引っ張ってください。スノウホワイト』」
 「オッケー!」
 聞くが早いか、赤ずきんちゃんは思い切り三つ編みを引っ張りました。途端に、上の方から悲鳴が上がります。
 「イタイイタイ!!そんなに引っぱらないでくれよぅ!」
 そして、窓からひょいと顔が覗きました。
 「君たち痛いじゃないかー。もっと優しく引っ張ってくれよぅ」
 どうやら三つ編みはこの人の髪の毛だったようです。赤ずきんちゃんは慌てて手を放すと、謝りました。
 「いいよいいよ。それよりこんな森の奥、どうしたの?ここにはドラゴンがいるんだよ」
 「シャルたちはー、リースしゃんからおつかいをーたのまれてぇーきたんでちー」
 塔は高いので、大きな声を出さないと窓まで届いてくれません。しかも塔の上の人が時々聞き返すので、赤ずきんちゃんは段々イライラしてきてしまいました。だって、ただでさえお昼時でお腹が空いているんです。
 「えー?なんだってー?」
 「だからぁー」
 ぷちん。
 ついに赤ずきんちゃんの堪忍袋の緒が切れました。むず、と三つ編みを掴むと、思い切り引っ張ります。
 「いい加減降りてきたらどうなんでちか、あんたしゃんはぁー!!」
 塔の上の人は、頭を押さえて悲鳴を上げました。
 「痛い痛い、そんなに引っ張ったら───」

 すぽん!!

 何かの栓の抜けるような、気の抜けた音と一緒にいきなり二人の上に三つ編みが落ちてきました。
 大変!あんまり勢いよく引っ張ったので、三つ編みが抜けてしまったようです!!
 塔の上の人は、頭を押さえてさらに大きな悲鳴を上げました。
 「あーー!あーーー!!あ゛ーーーーっっ!!」
 「ご、ごめんちゃいでち!!」
 「大丈夫!?」
 抜けてしまった三つ編みを手に、二人は真っ青になりました。
 ですが。
 「あーーー…あビックリした」
 「…」
 塔の上の人はけろっとしています。
 「あの…?」
 「ああ、それはあげるー。今次のやつ垂らすから」
 次のやつ…?
 赤ずきんちゃんがついていけずに見上げていると、その人は三つ編みの抜けてしまった辺りをごそごそいじりはじめました。すると、ずるりともう一本の三つ編みが生えてきたではありませんか!!
 それはたちまちさっきの三つ編みと同じ長さになると、赤ずきんちゃんたちの手元まで垂れてきました。

 コワい。

 赤ずきんちゃんは思わず後退りました。狼さんはあっけにとられて、新しい三つ編みを見つめています。
 塔の上から再び声が降ってきました。
 「それで、リースからのおつかいものって何?」
 赤ずきんちゃんは、はっと我に返って狼さんの持っている籠に目をやりました。
 そう、これを渡してサインをもらわないと、お使いは完了しないんです。狼さんも慌てて手にした籠を差し出しました。
 「これを渡すようにたのまれたんでちー」
 「どれどれ?」

 ぺた。

 「ぎゃッ!?」
 思わず籠を取り落としそうになりながら、狼さんは悲鳴を上げて飛びのきました。
 だって、塔の上の人の声と同時に、三つ編みがまるで生き物みたいに籠を覗き込んできたんです。

 ものすごく、コワい。

 塔の上ではけらけら笑う声が聞こえてきます。二人はすっかり怖くなって顔を見合わせました。できることなら帰りたい。でも、お使いは終わっていないし、お腹はぺこぺこ。帰り道だってちょっぴり不安です。
 「ううう、帰りたいよう…でも、でも…」
 赤ずきんちゃんが半べそをかきそうになったその時。
 ゴゴゴゴゴ…低く、重い地響きと共に足元が揺れてきました。赤ずきんちゃんと狼さんは、ぎゅっと抱き合って震えています。そこへ、後ろから地響きの続きのような低い声が聞こえてきました…。
 「我が眠りを妨げる者は何者だ…」
 「ひいぃぃぃごめんちゃいでちーーー!!」
 「だだ、誰ッ?!」
 頭を抱えてうずくまってしまった赤ずきんちゃんを庇って、狼さんは辺りを見回しました。すると、二人の後ろ…森の近くの地面から、妙な帽子を被った人が上半身だけを出して二人を見つめているではありませんか。
 「ここここわいよう!!シャルロット、もう帰りたいようー」
 もう限界です。地面から生えている人を見るなり、赤ずきんちゃんは泣き出してしまいました。
 「あ…」
 地面から出てきた人は、とても困った顔で狼さんを見上げました。狼さんも、泣いている赤ずきんちゃんを宥めながら困ったようにその人を見返しました。
 「あーあ、女の子泣かせちゃって悪いんだー」
 「やかましい」
 上から降ってきた声にむっとした表情をすると、その人は一緒に顔を出してた赤くて小さな炎を掴んで投げつけました。炎は自分の意志があるのか、適当な投げ方の割には正確に窓に飛び込んでいきます。
 途端に慌てふためいた叫び声と一緒に、爆風が窓から吹き出しました。

 ばぼううぅん!!

 「ふん」
 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、帽子を被った人は地面から出てきました。よく見ると、跳ね上げ式の扉が地面についています。
 「お前ら、こんな森の奥まで何の用だ?」
 まだ泣きじゃくっている赤ずきんちゃんでしたが、どうやら地面から生えてた訳ではないと分かって事情を話し始めました。帽子の人は赤ずきんちゃんの視線に合わせてしゃがみこむと、辛抱強くうんうんと聞いてくれました。
 「そうかそうか。それは大変だったな。脅かしてごめんな」
 そう言ってぽんぽんと頭を撫でてくれたので、赤ずきんちゃんはすっかり機嫌が直りました。こういう立ち直りの早さも彼女のウリなんです。
 「お兄しゃんは、スノウホワイトしゃんのおトモダチでちか?」
 スノウホワイトという人はとても綺麗で優しい人だという噂です。まさかこの人ではないだろうと、赤ずきんちゃんは帽子の人を見上げました。帽子の人は、何故かとても不本意そうに頷いてみせました。
 「認めたくないが、世間的にはそういうことになるらしいな」
 「じゃあ、スノウホワイトしゃんは…?」
 「…悪いな。あれがそうなんだ」
 なんだか上の方で、ブーイングが聞こえます。帽子の人は今度は無言のまま、傍をうろうろしていた青い太っちょさんを引っ掴むと、再び窓に叩き込みました。
 途端に激しい稲妻が窓から天へと走り抜けます。一瞬で感電したのでしょうか、今度は悲鳴も聞こえませんでした。
 「まあ、ちょうどお昼だし、驚かした詫びにメシでも食っていかないか?まだだろう?」
 ご飯と聞いて、狼さんの目が輝きました。すっかりお腹の空ききってしまった狼さんは、さっきからぼんやりと座り込んでしまっていたんです。
 「ご飯?ご飯??」
 ぱたぱたと尻尾を振ってまとわりつく狼さんの頭を撫でると、帽子の人は赤ずきんちゃんを抱き上げました。
 「シャルのお名前はシャルロットでち。こっちは、狼のケヴィンしゃん。お兄しゃんのお名前はなんでちか?」
 赤ずきんちゃんの問いに、帽子のお兄さんはちょっと困った顔をすると言いました。
 「俺か。俺は、デュランという。とりあえず、…小人その1だと思ってもらおうか」
 どう考えたって、狼さんより大きなお兄さんは小人さんには見えません。でも似合わない小人さんの帽子を一生懸命被っているお兄さんに悪いので、赤ずきんちゃんはそれ以上ツッコまないことにしました。

 「ところで、どうしてあんなところから出入りしてるでちか?」
 小人のお兄さんの出てきた抜け穴から、三人は塔の中へと入っていきました。中は結構広くて、外見に似合わずとても質素に仕上がっています。お兄さんは厨房兼食堂へ二人を案内すると、溜息をつきました。
 「あのバカが、退屈しのぎに玄関口に罠をしかけまくってくれたんでな。全部撤去するまでは使用禁止なんだ」
 どうやら塔の外観も、そうやって暇つぶしに変えられてしまったらしいです。赤ずきんちゃんは、「スノウホワイト」という人のイメージがガラガラと崩れていくのを感じました。
 「さて、あんまり大したものできないけど」
 二人をテーブルにつかせると、お兄さんは材料を出し始めました。それを目で追っていた狼さんが、ふと気が付いてお兄さんに尋ねます。
 「デュラン、あの鏡、なんだ?」
 何故か厨房には不釣合いな、大きな姿見が置いてあります。赤ずきんちゃんは、ふと同じものをどこかで見たような気がして首を捻りました。
 「折角だから、紹介しておくか」
 苦笑すると、お兄さんは鏡を軽く叩きました。
 「シェイド、起きてるか?」
 すると、鏡の表面にいくつもの波紋が広がりだしました。やがて顔を出したのは、蝙蝠の翼と黄金の一つ目の鏡の精───でもやっぱりお兄さんと同じ帽子を被っているので、恐らく「小人」なのでしょう──が顔を出しました。
 「うむ。昼時であるな」
 シェイド、と呼ばれた小人さんは、重々しく頷きました。
 「本日予定の献立は如何なるものか?」
 「パン及びスープの残り、及びサラダとボイルソーセージ、それに卵料理を予定している」
 「承知した。早速準備しよう」
 重々しい口調で昼ご飯の支度の打ち合わせをする二人を、赤ずきんちゃんはあっけにとられて眺めていました。それに気がついて、お兄さんはシェイドさんを呼んだ理由を思い出したようです。二人に仲間を紹介してくれました。
 「小人は全部で八人いるんだ。一番最初に投げたのがサラマンダー、次がジン。そして…シェイドだ。大抵この鏡の中にいる。他にもいるんだけど、まだ仕事中なんでまた今度な」
 どう見たって小人には見えない人ばかり。いえ、お兄さんを除くとみんな何かの精霊にしか見えません。そのお兄さんだって、ちょっと普通の人ではないみたいです。何より、帽子の裾から覗いてる…あれは、角ではありませんか?
 シェイドさんに手伝ってもらってさくさく準備しているお兄さんに、赤ずきんちゃんは恐る恐る尋ねました。
 「な…なんかさっきからヘンだと思ってたでちけど…あんたしゃん」
 お兄さんとシェイドさんが同時に振り返りました。厨房はちょっと暗いので、顔に出来た陰影が不気味に見えます。なんとなく予想がついたのか、お兄さんの口元に薄い笑みが浮かびました。
 赤ずきんちゃんは、震える指でお兄さんの帽子を指差しました。
 「あんたしゃん…小人に見せかけてるけど、実はドラゴンしゃんでちね!?」
 「え、ドラゴン!?」
 狼さんが慌ててお兄さんを見上げました。森の中に住んではいても、ドラゴンには遭ったことがなかったからです。
 この森に棲んでいるというドラゴンは、とても強くて凶暴だと評判です。随分昔に退治されたという噂がありましたが、本当に退治されたのかなんて誰も知りません。

 ふっふっふっ…

 固唾を飲んで見つめる二人の前で、お兄さんとシェイドさんは同時に不気味な含み笑いを始めました。そして、出会ったときの、あの大地に響くような低い声で言ったのです。
 「ばれてしまっては仕方がない。いかにも。我が正体はドラゴンよ…」

 ふっふっふ…

 含み笑いしたまま、お兄さんはゆっくりと言いました。
 「──で。オムレツはチーズとプレーン、どっちがいい?」
 「おいら、チーズ!」
 「もちろんチーズでち!!」
 「よしよし」
 「委細承知」
 シェイドさんは既に、卵の山盛りになった笊とチーズを抱えて待機しています。お兄さんはそれを受け取ると、鼻歌まじりにオムレツの支度を始めました。それを見守りながら、狼さんは赤ずきんちゃんに尋ねます。
 「デュラン、ドラゴンだと、なにか変わるか?」
 「…。…とりあえず、ごはんがおいしければそれでいいでち…」
 お腹の空いた二人は、それ以上はもう追及しないことにしました。

 森の中には怖い狼やドラゴンがいるので、遭ったらすぐに逃げなさいと教わってきた赤ずきんちゃんですが、実際のところここまで一緒に来てくれたのは狼さんで、今ご飯を作ってくれているのはドラゴンさん。
 そして、優しくて美人なはずの「スノウホワイト」さんは…。

 …。

 「?どうかしたか、シャルロット?」
 「世の中って、奥が深いでち…」
 赤ずきんちゃんは、はう、と溜息をつくと、先に出されたスープを食べ始めました。



 「きょーぉのおっひるは、なーにかなぁ〜?」
 お昼の支度が調った頃、妙な歌を歌いながら塔の上の人───スノウホワイトさんが顔を出しました。燃えたり感電したりしたはずなんですが、本人はけろっとしています。たじろぐ二人の前に置かれたボイルソーセージをつまみ食いすると、ドラゴンのお兄さんの手元を覗き込みました。
 「あ、俺にもチーズオムレツ一つね。ケチャップつきで」
 「…手前ェで作れ」
 不機嫌そうに答えながらも、お兄さんはスノウホワイトさんの分のオムレツを作り始めました。スノウホワイトさんは自分の分のカップを手に、スープをよそっています。そして、赤ずきんちゃんと狼さんの向かいに腰掛けると、にっこりと笑いました。
 こういう風に笑っているだけなら、本当に優しくて綺麗な人、で済むんですが。
 「そうそう、自己紹介してなかったよね。スノウホワイトっていうのは仇名で、俺の本当の名前はホークアイっていうんだ。よろしく」
 「シャルはシャルロットでちー」
 「おいら、ケヴィン…」
 蜂蜜パンを頬張っているので、狼さんはちょっと口をもごもごさせています。赤ずきんちゃんは、この際だからと素朴な疑問を投げかけてみました。
 「ホークしゃんは、どうしてスノウホワイトって呼ばれてるでちか?」
 「おッ、いい質問だねー」
 スノウホワイトさんはにこにこして言いました。
 「この端麗な容姿に真っ白い雪のように純真なココロ!そのものだろう?」
 「周囲の頭ン中をあまりの寒さに真っ白にしちまうんでな、ついた仇名が『まっしろけ』」
 スノウホワイトさんの言葉に被せるように、オムレツの皿を並べながらお兄さんが言いました。そして、二人を見てにやりと笑います。
 「…そのまんまだろう?」
 「…」
 「…」
 赤ずきんちゃんと狼さんは、お兄さんを見、スノウホワイトさんを見、そして最後にもう一度お兄さんの方を見るとこっくりと頷きました。
 「うん」
 「あ、ひでェ」
 スノウホワイトさんは胸に手を当てると、ちょっぴり傷ついたというアクションをしてみせました。赤ずきんちゃんの質問はさらに続きます。
 「じゃあ、どーしてデュランしゃんとホークしゃん、いっしょにくらしてるんでちか?」
 「暮らしたくて暮らしてるんじゃない」
 ドラゴンのお兄さんは、とても不本意そうな表情でスノウホワイトさんを指しました。
 「森半分、吹っ飛んだ日があったろう。何事かと思って見回りに行って、戻ってきたらこいつが棲みついてたんだ」
 「やだなあ、デュランちゃんてばもうー。俺と君の仲じゃないさー」
 ぺとり、と抱きつかれて、お兄さんはまともに嫌そうな顔をしました。
 「あ、あんたしゃんたち…そーいう仲だったでちか…?」
 「な、訳ねっだろーがッ!!」
 お兄さんはついに爆発したように叫びました。くわ、と口を開くと中々鋭い牙が光ります。
 「なんで妖怪とそういう仲にならにゃならんのだ!!」
 妖怪、と呼ばれてスノウホワイトさんは思い切り不満そうに口を尖らせました。
 「えー、あの晩のこと憶えてないのー?」
 そう言われて、お兄さんは不安そうにスノウホワイトさんを見やりました。赤ずきんちゃんと狼さんも、オムレツをつつきながら二人を見守っています。
 「な…なにをだよ?」
 なんとなくたじろぐお兄さんに、スノウホワイトさんは思い切りにやありと笑ってみせました。
 「いやあ、あんときのデュランちゃんてば、カーワイイのなんのって…」
 「…な」
 お兄さんの顔から見る見るうちに血の気が引いていきました。
 「ななな何やった手前ぇッ!!?」
 「いやあ」
 爽やかに笑うと、スノウホワイトさんは言いました。
 「この前ぐてんぐてんに酔っ払った時さぁ、お前ってば一晩中姫さんのことを」
 「記憶を喪ええぇぇぃッッ!!!」

 どっごおぉぉぉぉんん!!!

 思い切りお兄さんが流し台に拳を叩きつけるのと同時に、スノウホワイトさんの足元からものすごい火柱が吹き上がりました。これがかつて近隣一帯を恐怖に陥れたというドラゴンの力なのでしょう。
 後には、ぷすぷすと煙を出したスノウホワイトさんが転がっているばかり。
 「…シェイド」
 「うむ」
 お兄さんの呼びかけに頷くと、シェイドさんがその前に進み出ました。
 「…イビルゲート」
 呟くような言葉と共に、ぶうぅん、と音を立てて真っ暗な空間が出現しました。一体どこへつながっているのか皆目見当のつかない、邪悪な雰囲気まで漂わせた「門」です。伸びているスノウホワイトさんの首根っこを捕まえると、お兄さんは無造作にそこへ投げ込んでしまいました。
 すると、すかさず「門」は閉じて消えてしまったではありませんか。
 「デュ、デュランしゃん、さすがにそりはまずいでち!!」
 「ホークアイ、死んじゃうぞ?!」
 あまりの乱暴さに、さすがに二人は抗議の声を上げました。お兄さんは肩で息をしながら「門」のあった場所を見つめています。
 「姫さん」が何者なのかは分かりませんが、どうやらお兄さんの逆鱗ポイントだったようです。でも、顔が赤いのは怒っているというよりも、照れているように見えますが。
 「デュランしゃんってば!」
 「…それがなあ」
 赤ずきんちゃんの言葉を遮るように、お兄さんは溜息をつきました。同時に煮立ってかたかた鳴り出した鍋の方へと歩き出しながら続けます。
 「そう簡単にゃいかねえんだわ。奴の場合」
 「え…?」
 「いいか、…」
 お兄さんはちょっと静かにしろ、というように人差し指を唇に当てると、二人の顔をゆっくりと見ました。その右手は、そっと鍋の蓋にかかっています。
 何かとてもすごいことが起きそうな予感に、赤ずきんちゃんと狼さんは固唾を飲んで鍋を見つめました。
 「本ッ当ーーーにタネもしかけもないんだからな…」
 そう呟きながら、お兄さんは少しだけ蓋を持ち上げました。
 すると。

 どこからともなく銅鑼の音が鳴り響き、鍋の中から、まるでスポットライトでライトアップするようなまばゆい光がこぼれだしました。
 「やっぱり…」
 一瞬、お兄さんはとても嫌そうな顔をしましたが、覚悟を決めて蓋をばっと取りました。

 その瞬間。

 ジャカジャカジャジャーーーン!!

 銅鑼の音は盛大なファンファーレに代わり、鍋の中から、色とりどりの紙吹雪や飛び狂う鳩と一緒にスノウホワイトさんが現れたではありませんか!
 しかもスノウホワイトさんはいつ着替えたのか、ぱりっと糊の効いた純白のタキシードに蝶ネクタイ、白手袋、唇には真紅の薔薇を一輪という派手ないでたちです。そして鮮やかな手つきで咥えていた薔薇を投げると、白い歯をきらりと輝かせて爽やかな笑顔を浮かべ、ぐっと右手の親指を上に向けて突き出してみせました。
 「白い恋人・ホークアイただ今ふっかぁーーつ!!…やや、どうもありがとう」
 思わず拍手してしまった二人に鷹揚に手を振ると、スノウホワイトさんは鍋から床へと降り立ちました。
 「…相変わらず派手なご帰還で」
 「そうかい?普通だよ」
 けろりとしているスノウホワイトさんをつくづく見やると、ドラゴンのお兄さんは溜息をつきました。
 「毎度毎度のことではあるが」
 頭痛をこらえるように頭を抱えて、低い声で続けます。
 「なんであれで死なねーんだよッ!?死ぬぞフツー!!しかも毎回鍋やら壷やら妙な場所から現れやがってこの妖怪ぬらりひょん!!?」
 「いやだなあ、デュラン」
 スノウホワイトさんは爽やかな笑顔のまま、ぽんとお兄さんの肩を叩きました。そしてきらきらした瞳で天井を見上げると、空いている方の手をひらりと返して言いました。
 「あれはタネもしかけもない、手品を超えた『イリュージョン』だって言ってるじゃないか。はっはっは」
 「マジでタネもしかけもねえからイヤがってんだ俺はッッ!!」
 逃げ腰で牙を剥くドラゴンのお兄さんを見て、すっかり食べ終えてしまった赤ずきんちゃんと狼さんは小さく溜息をつきました。
 だって、スノウホワイトさんが出て行かない理由が、なんとなく分かったからです。
 「なんか、楽しそう…」
 「たいくつはしないでちよね…たしかに」
 命がけでちけどね、そう呟くと赤ずきんちゃんはカップに残ったハーブティを飲み干しました。



 スノウホワイトさんとドラゴンのお兄さんのどつき漫才が(スノウホワイトさんの圧勝で)一段落ついたところで、赤ずきんちゃんはお使いの籠を取り出しました。
 「そうそう、これ、リースしゃんからホークしゃんへのさしいれでちって。で、こっちにサインしてくんしゃい」
 「はいはい。ご苦労さん」
 スノウホワイトさんは籠を受け取ると、中を覗き込みました。
 「…ふうん?」
 取り出したのは真っ赤な林檎。つやつやと光ってて、いかにも美味しそうです。
 「中々嬉しいことしてくれるじゃない」
 林檎の匂いを嗅いだりひっくり返してみたりした後、スノウホワイトさんは薄く笑いました。その若草色の瞳は、いたずらっぽく輝いています。
 「丁度いいや、これでパイを焼いてあげるよ。それで、帰るついでに俺からのお使いも頼まれてくれない?」
 「いいでちよ」
 どのみち狩人さんのところへは、結果報告とお駄賃の受け取りに行かなくてはなりません。
 商売繁盛、大いに良し。
 赤ずきんちゃんはにっこり笑って頷きました。




 ところは替わって、お城の鏡の間。
 相も変わらずのメンバーが顔を揃えています。
 「リース、あの林檎はそろそろアイツに届いたかしら」
 「そうですね…もう届いてもいい頃ですね。喜んでくれると良いですけど」
 「そうよねー。早く食べてくれるといいんだけど」
 のほほんとした狩人さんに対して、お妃さまはさっきから落ち着きがありません。なんだかそわそわしながら、ドレスを選んでみたり口紅を選んでみたり。
 しょっちゅう覗き込まれるので、辟易した鏡の精さんも鏡を離れてその様子を眺めている始末。
 「あの…アンジェラ、さっきからどうしたんです?」
 さすがにおかしいと思ったんでしょう。狩人さんが恐る恐る尋ねました。お妃さまは、ちらりと狩人さんを振り返ると、うっふっふと含み笑いを浮かべます。
 「あの林檎はねえ、特別製なの。アンジェラ姐さん会心の出来栄えよ」
 「ええ、美味しそうですものねえ」
 「そう、すっごくオイシイのようーうふふふふふ…見てらっしゃぁい…」
 「…」
 「…なんか、アンジェラはん、ヤバイ感じやなあ…」
 呆気に取られている二人にもお構いなしで、お妃さまはうきうきと叫びました。
 「ああー!早く食べないかしらアイツ!!リース、何してんのよ、あんたもオシャレしなくっちゃ!!」





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