「ホークしゃん、お料理うまいんでちねえ!すっごくおいしかったでちー」
「本当!」
スノウホワイトさんの焼いたアップルパイを欠片も残さず平らげると、赤ずきんちゃんと狼さんはとっても幸せな気分で言いました。さっきまで不気味な人だと思っていたけど、お料理の上手い人に悪い人はいません。ちょっと変わった手品師の人だと思えば、問題はありません。
誉められて満更でもないのか、スノウホワイトさんはにっこりと笑いました。
「そう、良かった。じゃあ、帰りにこっちのパイを持っていってあげてくれるかい?届け先はお城のリースと…アンジェラに」
「アンジェラ?」
お妃さまの名前に、ドラゴンさんがスノウホワイトさんを見上げました。
「おりょ?デュランしゃんもアンジェラしゃんのこと知ってるでちか?」
「知ってるも何も」
「うるさい知るかあんな奴」
答えかけたスノウホワイトさんを遮って、お兄さんは不機嫌そうにそっぽを向いてしまいました。なんだか矛盾した答えに、赤ずきんちゃんは「これは何かあったに違いない」と確信しましたが、わざと知らないふりをして尋ねました。
「そういえば、シェイドしゃんの入ってる鏡とそっくりな鏡がお城にもあるでちけど、もしや生き別れの兄弟でちか?」
「兄弟───とは少々違うな」
答えたのはシェイドさんです。香草茶の入ったカップの縁に留まったまま、シェイドさんはちょっと懐かしそうに言いました。
「あの鏡に棲んでいるのは、我らが同胞。訳あって、今は袂を分かっているが…。元気か、彼女は」
「毎日アンジェラしゃんがお話ししに行ってるでち」
「そうか。息災ならば、それでよい」
「そうそう、素直が一番。どっかのドラゴンとは大違いだね」
頷くシェイドの横で、スノウホワイトさんがこれ見よがしに頷きました。ちょっとしんみりした表情をしていたドラゴンのお兄さんの表情が、再び険悪になっていきます。
「あいつのことなんざ、知ったことかよ」
むっつりしたまま空になった皿を集めだしたお兄さんに、スノウホワイトさんは大げさに溜息をついてみせました。
「そーいう可愛くないこと言うから、姫さんに家出されんだぜ。ドラゴンちゃん」
「…」
ぴた、とお兄さんの動きが止まります。赤ずきんちゃんと狼さんは顔を見合わせました。
お姫様が家出?
そういえば、この森には古い言い伝えがありました。
森の奥にある古い塔には、眠れる姫君と─────ドラゴン。
「素面でも素直になりゃいいのにさー」
「…くだんねぇこと言ってねえで、さっさと皿、寄越せよ」
引ったくるように差し出したお皿を取り上げると、お兄さんは流し台に向かってしまいました。その背中へ向けて舌を出すと、スノウホワイトさんは尚も食い下がります。
「人生で一番大事なことだと思うけどね、俺は?酔わなきゃ本音が出せない人生ってどうかと思うよ?」
「俺の人生、俺の好きにして何が悪い?俺は、平穏無事な生活が送れりゃそれでいいんだ。あいつもあいつの人生なんだから、勝手にすりゃいいだろう。…俺は、───俺は知らん」
振り向きもせず、お兄さんは言いました。口調はとても不機嫌そうでしたが、なんとなく被っている帽子がしょげているようにも見えます。
「まーた強がっちゃって。いい加減意地張ってねえで、迎えに行ったらどうよ?」
「…フン!」
どん、とやや乱暴に洗ったお皿を置くと、お兄さんはぷいとそっぽを向いてしまいました。
それまで黙って聞いていた赤ずきんちゃんでしたが、ことここに至っては、もう我慢できません。そっとスノウホワイトさんの袖を引っ張ると、小さな声で尋ねました。
「…お姫様、騎士の人に助けられたんじゃなかったんでちか?」
「違うよ。まあ、その方が格好いいけどさ」
スノウホワイトさんも、小さな声で答えました。
「第一デュランが無事だってのが良い証拠でしょ?」
「…そうでちね」
じゃあ、どうしてお姫様は居なくなってしまったんでしょう。訊いてはみたいけど、なんとなく憚られて赤ずきんちゃんは沈黙しました。
しかし。
そういう微妙な雰囲気に疎いお子様がいたんでした。
「なーデュラン、どうして姫様、いない?」
(ひいぃぃぃケヴィンしゃんてば、なんてオトロシーことを…!!)
慌てる赤ずきんちゃん。でも、もう時既に遅し。お兄さんが流し台からこっちを睨んでいます。
「お姫様と、ケンカしたのか?」
「…まあ、そんなもんだよ」
観念したのか、はう、と溜息をつくと、お兄さんは寂しそうに笑いました。
「…百年も寝てたんだ。退屈だったんだろうさ。こんな森の奥の田舎暮らしは嫌だって、出てっちまったんだよ」
「デュラン、一緒に行く、ダメだったか?」
「ドラゴンだからな」
お兄さんはゆっくりと首を振りました。
「都会は性に合わないし、生きてもいけない。今度こそ謂れもないのに退治されちまうさ」
「そっか…おいらも、ヒトのいるとこ、住めない。一緒だな!」
狼さんの言葉に、赤ずきんちゃんもスノウホワイトさんも、お兄さんもはっとしました。
そう、狼さんも人の町には出て行けないんです。だって、狼とドラゴンは「悪くって怖いもの」なんですから。
「そうか、そうだな。一緒だ」
頷くと、お兄さんは狼さんの頭を撫でて少し笑いました。そして、赤ずきんちゃんに言いました。
「すまないが、俺もお使いを頼んでいいか?」
もちろん、と赤ずきんちゃんは大きく頷きました。
誰へ、とは訊きませんでした。だって、ドラゴンさんの「お姫様」が誰だか、もう分かってしまったからです。
「それでアンジェラはん、あの林檎は一体何やのん?」
ところは再びお城の鏡の間。
狩人さんが良く分からないままドレスを選んでいる向こうで、鏡の精さんがお妃さまに問いかけました。
お妃さまは顔のマッサージに余念がありません。
「ああ、あれ?」
意味ありげに笑うと、ちょっと声をひそめて言いました。
「あんた、あたしが引っかかってた呪い憶えてる?」
「え、あーあれかいな」
鏡の精さんはちょっと考えると、ぽんと手を打ちました。
「百年眠り続けて、目覚めた時目が合ったお人に恋するっちゅう呪いやったなあ。…ってまさかアンジェラはん」
「そのまさかよ。考えてみれば殺しちゃうより、眠った挙句に寿退場の方が、あたしとしても寝覚めもいいし簡単なのよね。…まあ、百年も眠らないけどね。でも恋薬の威力はばっちりよ?それを林檎にたっぷりと仕込んであるって訳」
「それを、何も知らんリースはんとシャルロットはんを使こうて届けたんですかいな。確かにアンジェラはんからやったら、ホークアイはんもデュランはんも警戒してよう食べんけど、頼んだのはリースはんで届けたのはシャルロットはん。さしものお二人さんも油断するっちゅうことですか…。はあー、よう考えはったなあ」
「それが判るとは、ウンディーネ、あんたもワルねぇ」
感心している鏡の精さんに、アンジェラは人の悪い笑みを浮かべて言いました。鏡の精さんも、にんまりと笑うとお妃さまの脇をつつきます。
「いえいえ、アンジェラはんにはかないまへんわー。そら楽しみやなあ、くっくっく」
「そぉなのよぅ、ふっふっふ」
まるで悪徳商人と悪徳官僚のような含み笑いの後、真顔に戻って鏡の精さんが言いました。
「それにしてもや、その方法やとちょいと問題がありますなあ」
「たとえば?」
再びマッサージに専念し始めたお妃さまを横目でちらりと見ると、鏡の精さんは指を一本立てました。
「たとえば、無差別攻撃なわけやから、デュランはんも巻き込んでしまいますなあ?」
「そうねえ。彼も可哀想に」
しれっと答えるお妃さま。尚も鏡の精さんは言いました。
「それになあ、片方が眠ってしもてもう片方が起きとったら、当然ながら起こすやろ?そうしたら世にもおもろいカップルが誕生するんと違いますのん?」
「それは断じて阻止」
ビシ、と拳を突き出すと、お妃さまは半眼で言いました。
「そのために行くのよ。リースと、あたしが」
「リースはんはともかくとして、アンジェラはん…」
「なによ」
鏡の精さんの視線を避けるように手鏡を覗き込むお妃さまの顔は、何故かちょっぴり赤くなっています。
「あんさん、実はデュランはんが巻き込まれること狙ってへん?」
「そそっそ」
手鏡を取り落としそうになりながら、お妃さまは慌てて鏡の精さんの口を塞ぎました。
「そんなこと、あるわけないでしょ!…ま、まあ…ありえないとも言い切れないけど…」
「…そんなに好いてはるんなら素直に帰ればええのに、難儀なお人らやなあ…」
はう、と溜息をつくと、鏡の精さんは気を取り直したか自分の胸を叩きました。
「よっしゃ、ウチも女や!協力したるわ!!デュランはんとホークアイはんが眠らはったら、速攻知らせてもらいますわ」
「知らせてもらうって…誰に?」
「向こうにはウチの仲間がいるんやで、アンジェラはん」
鏡の精さんはにっこりと笑いました。
「ずっと音信不通しとるけど、呼びかければ誰かは協力してくれるやろ。さ、あんさんはもっとしっかり磨かなあかん!もうそろそろシャルロットはんが帰ってくる頃や。あんまり時間はないで!」
鏡の精さんの言葉通り、赤ずきんちゃんはすぐに帰ってきました。背中に背負った大きな籠は、向こうの家でスノウホワイトさんやドラゴンさんに言付かったもので一杯になっています。森の出口までは狼さんが運んでくれたので、赤ずきんちゃんはそれほど重い思いをせずに済みましたが。
「おかえりなさい、迷わずに行けた?」
赤ずきんちゃんが元気に戻ってきたので、狩人さんは安心したようです。ほっと息をつきました。
「ラクショーでち!はいこれ、スノウホワイトしゃんのサイン」
赤ずきんちゃんは荷物の受取証を狩人さんに渡すと、約束のお駄賃を貰いました。お礼を言って受け取ると、籠の中からパイを取り出しました。
「でね、スノウホワイトしゃんからリースしゃんとアンジェラしゃんにプレゼントでちって。はい」
「まあ、美味しそうなパイ!アンジェラ、お茶にしましょう?」
「そうねー」
お妃さまは顔面マッサージを終わらせると、テーブルに置かれたパイに目を落としました。
「へえ、美味しそうね。何のパイなの?」
「シャルが持ってったりんごでち。すっごくおいしいでちよ!!」
「へ…」
聞いた途端、固まるお妃さま。ややあって、ぎぎぃっと首だけが赤ずきんちゃんの方へ向きました。
「シャルロット…あんた…アレ、食べたの…?」
恐る恐るの問いかけに、赤ずきんちゃんは、流し目をくれつつ笑みを浮かべました。ドラゴンさんのところで仕入れてきたばかりの、アヤシイ含み笑いです。
「…ふっ…美味でちた…」
ざざざざざざ。
お妃さまが一気に壁際まで引いていってしまいました。事情を知らない狩人さんはきょとんとしています。
「そっそっそそれで!あんた何ともないのね?!」
「何がでち?」
「不発だったのかしら…いやそれとも、あのスノウホワイトのことだから、そうと見せかけて違う林檎を使ったのかも…」
お妃さまはぶつぶつと口の中で呟きながら、パイと赤ずきんちゃんをを交互に見やりました。赤ずきんちゃんの様子に変わったところはありません。
思い直して、お妃さまがテーブルまで戻ってくると、赤ずきんちゃんはそっと小さくたたまれた紙切れを差し出しました。
「?」
「これね、…デュランしゃんからでち」
「え?!」
差し出された紙切れを慌てて引ったくると、お妃さまは震える指で折り目を開きました。
それを横目に、赤ずきんちゃんは狩人さんに挨拶をして出て行くことにしました。どんなことが書いてあるのか気になることは気になるのですが、森の入り口に、一緒に遊ぶ約束をした狼さんを待たせていたからです。
扉を閉める時そっと振り返ると、お妃さまがその紙切れを大事そうに胸ポケットにしまっているところでした。
時間は少し戻って、森の塔。
子供たちが帰ってしまったので、なんだか妙に静かに感じます。ドラゴンのお兄さんは、掃除をしながら溜息ばかりついていました。ついあんな手紙を言付けてしまったけれど、お姫様がどんな反応をするのかとても不安だったからです。
「デュランー、俺、ちょいと出かけてくるわ」
スノウホワイトさんの声にも、顔も上げません。ひらひらと手を振ると、いつもの通り乱暴に言いました。
「おお、行け行け。もう帰って来なくていいからな」
「場合によっては、そうなるよ」
「…え?」
意外な言葉に、お兄さんは顔を上げました。見ると、スノウホワイトさんは旅支度をしています。
「遠出なのか。どこへ?」
今まで聞いたこともありませんでしたが、スノウホワイトさんの真面目な様子に思わず尋ねてしまいました。
「遠出ってわけじゃないけど、潮時だしね。城へ戻るわ」
そして神妙な調子で、今まで世話になったな、と頭を下げました。
「よせよ、らしくねえ」
ドラゴンのお兄さんは首を振ると、腕を組みました。
「だったら、あのパイも自分で持って行けば良かったのに。良い手土産になったんじゃないのか?」
「それじゃ意味がないんだなーこれが」
「?」
意味深な笑みを浮かべるスノウホワイトさん。ドラゴンさんは訳が分からずに目をぱちくりさせました。
「あの林檎さ、出所は何処だと思う?」
「何処って…リースだろう?」
ドラゴンさんの答えに、「かーッ」と額を押さえるとスノウホワイトさんは笑いました。
「アンジェラだよ、アンジェラ!しかも見事なまでのヤク漬け林檎!!なんの薬か教えてやろうか?」
「なんだよ」
アンジェラと聞いて、ドラゴンさんは複雑な表情になりました。スノウホワイトさんは辺りを見回すと、ちょいちょいと手招きしてドラゴンさんに耳打ちしました。
「お姫様のかかってた呪い、憶えてるだろ?───あれだよ」
ばっと顔を上げると、ドラゴンさんは、まさか、とだけ言って絶句してしまいました。心もち顔が引きつっているようです。
「ここには、俺とお前と、(と、脇をふらふらしているサラマンダーさんを指差し)…連中しかいないんだぞ?!それで…それで林檎食うって言ったら…」
一気に怖い考えになって青くなったドラゴンさん。けれどスノウホワイトさんは笑って続けました。
「俺たちが眠ったら、自分たちで起こしに来る計画だったんじゃねぇ?…なあ、誰か俺たちが寝たら知らせてくれって頼まれたやつ、いないか?」
「はい…す、すみません…私です」
返事と共に、すい、と現れたのは緑色の髪と茶色の肌の、一見植物のように見える小人さん。おどおどとしながら謝りだしました。
「いいんだいいんだ。レディの罠ってのはハマるためにある」
「…思いっきり躱したくせに…」
鷹揚に手を振るスノウホワイトさんに、ドラゴンさんが半眼でツッコミを入れました。悪い人間ではないのですが、どうもこの気障な物言いがついていけないところなのです。
「俺ってばハマるよりハメる方が好きなの」
いささかも動じずに切り返すと、スノウホワイトさんはドラゴンさんに向き直りました。
「で。お前はどうする?」
「何が」
「俺がお嬢ちゃんに持って行ってもらったのは何かな?」
「そりゃ、林檎の────」
答えかけて、ドラゴンのお兄さんは固まりました。冷汗がつつぅ…と頬を伝っていきます。
「そういうこと。あ、アンジェラ姐さんに伝えといてくれる?ドラゴン狩り禁止令は、俺がちゃんと出しておいてあげるから安心して帰れって、さ」
「!…おい、それって…」
「けなげだよねえ、お姫様もさ。ちゃんと伝えてくれよ?でないと俺が伝えちゃうよん」
スノウホワイトさんは言うだけ言うと、手をひらひらさせて抜け穴の扉に手をかけました。
「待て」
ドラゴンさんの声に、ドアノブにかかった手が止まりました。振り向かないまま、次の言葉を待ちます。
「…狼狩り禁止令も出してやってくれ」
くすっと笑うと、スノウホワイトさんは右手の親指と人差し指で丸を作ってみせました。
「りょーかい。じゃ…また、な」
「ああ」
扉の閉まるぱたん、という音の後、ドラゴンさんはぽつりと呟きました。
「また──な」
しばらくぶりに戻ってきた、痛いほどの静寂が塔に降りてきます。こんなにここは静かな場所だったでしょうか。
ドラゴンさんは箒を手にしたまま、ぼんやりと床を見つめていました。
「行かなくて良いのですか?」
どのくらいそうしていたんでしょう。不意にかけられた声に、ドラゴンさんはゆっくりと顔を上げました。
「…ルナ」
目の前には、柔らかい黄金に輝くしずくの形の小人さんがふわふわと浮いています。ルナ、と呼ばれた小人さんはまるで月の光を音にしたような、涼やかな声で続けました。
「このままではいけないと、思っているんでしょう?」
「…」
それでも決心のつきかねているお兄さん。そこへ、ぴょいぴょいと軽快な足取りでヒゲを生やした小人さんが入ってきました。
「なんじゃ、まだぐずぐずしとるんかい。こっちの準備はとっくに終わっとるぞい」
「準備?何の?」
なんのことかと問い返すお兄さんに、小人さん───この人はノームというのですが──が満面に笑みを浮かべて答えます。
「姐さん迎えに行く準備に決まっとるわい。林檎の毒に倒れた姫様を運ぶのは『小人』の役目じゃろが。ゴージャス好きな姐さん用に、豪華なカンオケも用意できとるぞい」
「そうだぜ、デュラン!」
真っ赤に燃え上がりながら、サラマンダーさんも言いました。
「今こそ、小人になりきる特訓の成果を見せる時じゃねえか!!覚悟決めて気張りやがれ!」
「…そうか、そうだな」
苦笑すると、お兄さんは箒を壁に立てかけました。
「他の連中も呼んできてくれ。皆で行こう」
皆が表に出ると、ノームさんが物置から大きな棺を引っ張ってきました。豪語するだけあって、水晶に黄金や宝石で作られた棺は宝石箱のようにキラキラしていて、とっても派手に見えました。
「スプリングも利いとるから、寝心地も抜群じゃ」
ノームさん一世一代の傑作です。皆は、おおー、と歓声を上げました。
棺には目立たないように車輪も取り付けてあって、簡単に引っ張ることができます。お兄さんが綱で引っ張り、他の小人さんたちは試乗会とばかりに棺に乗り込みました。
「よし、じゃあ行こうか」
お兄さんを始めとする全員の頭に、お揃いの小人の帽子が揺れています。
この日のために、お兄さんたちは一生懸命小人になりきるための勉強をしてきました。いよいよその成果が問われる時です。皆の表情も、期待と不安に揺れています。
そして、ついにお兄さんが一歩を…
「む、一寸待て。デュラン」
シェイドさんの言葉に、お兄さんは踏み出しかけた足を宙で止めました。
「どうした、シェイド」
皆も何事かとシェイドさんを振り返ります。棺の一番後ろに乗っていたシェイドさんは、重々しく言いました。
「呪文を忘れてはまずい。術が解けてしまうぞ」
「おお!」
「うっかりしてたぜ!!」
皆は口々に感嘆の声を上げ、シェイドさんの冷静さに賛辞を贈ると、早速「小人になりきるための呪文」の合唱を始めました。
『はいほう。はいほう。森の小人…』
森の中に、今ひとつ抑揚のない合唱が流れていきます。
目指すは一路、森の外。
ぎゃあぎゃあとカラスが鳴き騒ぎ、動物たちが逃げ隠れする中を、ドラゴンさんとその一行は意気揚揚と進んで行ったのでした。
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