太古、地上から切り離された魔界。
地上の「人」がその存在をとうに忘れ去り、永きに渡る平和と繁栄に慣れきってしまっていた数千年後、その邪悪な帝王は現れる。
その帝王の名は竜帝、邪悪なドラゴンの化身であり、強大な力を持つ彼は魔界全土をいとも簡単に自らの前に跪かせた。
魔界の玉座に座った竜帝は、次に地上を支配することを目論む。
彼にとって幸いな事に、地上の「人」は魔界の存在すら、お伽話と思い込んで既に久しい。
竜帝の目論見は即座に達成されるものと誰もが思っていた、が。
そこに彼の目論見を先んじて地上の「人」に知らせる光の意志があった。
光の意志の化身であるフェアリーから地上の危機を知らされたのは二人の工学者。
彼らは親友同士であり、またよきライバル同士でもあり、また共に地上全世界からの尊敬と信頼を集める天才的な工学者だった。
彼らが天才的な工学者と成り得たのは、その柔軟な頭脳に拠るものであった。
彼らのその柔軟な頭脳はフェアリーの存在も彼女の話も全てを真実として受け入れたのである。
その二人の工学者、ウェンデルとベルガーは、直ちに魔界の攻撃に対抗出来うる戦力を造り上げる事にした。
ウェンデル博士は魔界の勢力と戦う力を持った若者を世界中から集め、また彼らの力を増幅させるウエポンの製作に力を注いだ。
そしてベルガー博士は、彼らの機動力となるロボットを寝食を忘れて製作する、ところが。
竜帝が自らに刃向かう者の存在を許す筈もなく、ロボットが完成するのを目前にして、ベルガー博士は竜帝の手の者にその命を絶たれてしまったのである。
運良く生き延びたベルガー博士の息子ヒース───彼もまた、父と同じ工学を志す若者であった───は、父親の遺したロボットを秘かに運び出し、ウェンデル博士の元に身を寄せる。
親友の死を知ったウェンデル博士は、竜帝の野望を打ち砕く想いを更に強くし、ベルガー博士の遺した飛空型ロボット・フラミーをヒースと共に完成させた。
それと共に、ウェンデル博士の呼び掛けに応じて竜帝に立ち向かう事を決心した六人の若者が、博士の元に集結する。
ここに、博士達の想いは現実のものとなった。
これは、こうして生まれた正義の戦士達、聖剣戦隊マナマナ6の物語なのである。
ウェンデル博士の研究所内部に聖剣戦隊の基地はあった。
戦隊の六人と、博士、助手のヒースが基地で生活している。
基地中央に位置する司令室が、普段は彼らの溜まり場となっていて、いわゆるリビングのような役割を果たしていた。
博士の助手であるヒースは、戦隊の司令官も兼任しており、大抵の場合この部屋でモニターを監視している。
今日も、ヒースは朝から監視を続けていた。
「ヒース」
扉を開けて部屋に入ってきたのはまだ見た目も幼い少女である。
ふわふわとカールした柔らかな髪の毛、大きな瞳はくりくりとして愛らしい。
彼女の名はシャルロット、ウェンデル博士の孫娘である。
「やあ、シャルロット。何か用かい」
父親と祖父が親友同士だったこともあり、ヒースとシャルロットは幼い頃からの知り合いであった。
シャルロットはちょこちょことヒースの横へやって来た。
「まだもにたーみてるんでちか。すこしやすんだほうがいいでちよ」
「うん、有り難う。でも、いつ竜帝の手の者が攻めてくるか解らないからね」
「そのときはシャルロットがおじーちゃんのさいばーふれいるでがつんとやってやるでち」
実はシャルロットはマナマナ6のメンバーの一人であった。
「そうでち、リースしゃんがおかしつくってくれたでち。みんなでおちゃにするからヒースもすこしやすむでち」
「そうですよ、ヒース司令官」
手に焼きたてのマドレーヌの乗ったプレートを持って、一人の少女が入って来た。
腰程まである長い金髪を緩やかに結わえ、上品で整った顔立ちに浮かぶのは柔らかな微笑み、いかにもお嬢様といった風情である。
「少し休まれた方が良いですよ」
「ああ、リース君」
「お口に合うかどうか解りませんけれど」
リース、彼女もマナマナ6のメンバーである。
リースはプレートを机の上に置いた。
「他の方達も呼んできますね」
「呼ばなくても向こうから来たみたいだぜ」
続いて長い漆黒の髪を無造作に束ねた少年が入ってくる。
彼は、人数分のティーセットとお茶の入ったポットが乗った、大きなトレイを抱えていた。
目元は涼しげで凛としたきつい顔立ちなのであるが、浮かぶ表情には愛嬌があり冷たさは感じさせない。
「あ、ホークアイさん。お茶を運んで下さったんですね、御免なさい」
ホークアイ、彼もマナマナ6の一員である。
リースが慌ててそのトレイを受け取ろうとするが、ホークアイはそのままテーブルまで歩いていき、トレイを降ろした。
「重い物を女の子に運ばせる訳にはいかないからな」
そう言いながらホークアイがウインクすると、リースの顔が紅くなった。
「あ、そ、それで他の皆さんは…」
「リースの手作りマドレーヌの匂いを嗅ぎつけたみたいだから、すぐ来るだろ」
その言葉が終わらない内にばたばたと廊下を走る足音が響き、二人の少年が時間差で部屋の中に駆け込んできた。
「美味そうな匂い! 戦いの練習してて腹減った!」
まず先に飛び込んできた少年は幼い顔立ちの割には鍛え上げられた体つきをしている。
「リースのマドレーヌが出来上がったところだぜ」
「そうか嬉しい。リースのお菓子美味い!」
そう言って無邪気な笑顔を見せる彼の名はケヴィン、彼もマナマナ6の一人である。
「ケヴィン! お前なあ、いくら腹減ったからって勝負の途中で帰るなよ!」
続いて部屋に入ってきた赤毛の少年は、そう言いながら肩に掛けていた木剣を降ろした。
男らしい顔立ちに浮かぶ表情はいかにも快活そうで、そこには彼の性格がはっきりと現れていた。
彼の名はデュラン、彼こそがマナマナ6のリーダーである。
「勝負って、また二人で練習試合か? 毎日毎日よく飽きないよな」
ホークアイが少々呆れたように言った。
「馬鹿。俺はだな、マナマナ6のリーダーとして日々鍛錬を…」
「ただのバトル馬鹿よ、あんたの場合は」
デュランの台詞の途中で、もう一人、別の少女が部屋に入って来た。
光の加減によって紫紺に光る長い髪の毛が歩く度にさらさらと揺れ、その髪に包まれた顔立ちは気の強さが見て取れる目鼻立ちのはっきりした美形である。
スタイルも抜群で本人もそれを意識しているのか、身体のラインが強調されるデザインの衣装を身につけていた。
「バトル馬鹿ぁ!?」
「あ、いい匂いがすると思ったら、これだったのね。リースが作ったの?」
怒るデュランを後目に話題は既にマドレーヌに移っていた。
「はい。アンジェラさんもよかったらどうぞ」
「ホント? じゃあ、いただくわね」
そしてこのアンジェラ、彼女もマナマナ6のメンバーであった。
「何だか急に賑やかになったね」
穏やかな微笑みを浮かべてヒースも輪の中に入る。
「博士とフェアリーさんも呼びましょう」
「ああ、大丈夫。今、連絡を入れておいたよ」
ヒースの言葉通り、すぐにフェアリーを従えたウェンデル博士がやって来た。
「やあ、いい匂いだね」
「博士、どうぞ」
「ああ、有り難う」
その時、既に五つのマドレーヌを食べ終わっていたケヴィンが、はっとしてリースの方を見た。
「? どうかしましたか」
「リース! カールも呼んでいいか!?」
「ああ、そうですね。勿論ですよ」
カールというのはウェンデル博士が作った変形可能な偵察用アンドロイドで、普段は狼の姿をしている。
人語を理解し、頭も良く愛嬌もあったので、基地内の皆からも可愛がられており、その中でもケヴィンとは特に仲が良いのだった。
「でも、そういえば、今日はまだカールの姿を見てないけど」
博士の肩にちょこんと座り、博士に割ってもらったマドレーヌを口にしながらフェアリーが言った。
「カールなら、あさ、みまわりにいくっていって、でていったでちよ」
口の周りをマドレーヌだらけにしながらシャルロットが言う。
「…そうか、カールいないのか」
「何個かカールにも、とっておきましょう、ね」
「それにしても、まだ帰って来てないのか?」
一口紅茶を飲んでからティーカップをソーサーに戻し、ホークアイが言った。
「いつも長くても一時間くらいで戻ってくるよな」
マドレーヌを口に詰め込みながら、デュランも口を挟む。
「何かおかしな事が有れば、彼から通信が入る筈だが…」
博士がそう言いながらモニターに目をやったその時。
モニターの一つからけたたましい警戒音が発せられた。
「な、何だ!?」
「ヒース君! すぐに繋いでくれ!」
「はい!」
博士に命じられる迄もなく、ヒースは既にモニターの前に戻り、受信電波をチェックする。
「博士! カールからです!」
「カール!?」
「カール! どうした!?」
ヒースの呼び掛けに応じるように、モニター画面が切り替わった。
「カールが見ている映像です!」
「アストリアタウンの様ですね」
「見ろ!」
ホークアイがモニターを指さす。
「あれは!」
「竜帝の片腕!」
「おっぱいぼよよんのねーちゃんもいるでち!」
『竜帝の部下がタウンの上空に待機しています。今はまだ偵察しているだけの様ですが、攻撃が始まるのは時間の問題です』
カールが状況を説明する。
「こうしてはいられない! ヒース君!」
「はい!」
博士の言葉に頷くとヒースは六人を振り返る。
「諸君! 出動だ! 至急アストリアタウンへ向かってくれ!」
「了解!」
ヒースの号令に応え、六人は急いで司令室のエレベーターに乗り込む。
司令室のエレベーターは基地最上階の転送室へと直通しており、マナマナ6はそこから地上世界の何処の地域にも一瞬で移動できるのである。
転送室にはウェンデル博士の部下である技師のボン・ボヤジ、ボン・ジュール兄弟が待機している。
「嬢ちゃん方!」
「待ってました!」
ボン兄弟は手慣れた様子で転送機に六人を乗り込ませる。
「場所はアストリアタウン!」
「照準合致! 瞬間転移!」
ボン兄弟の合図と共に、六人の姿は転送室から消え去った。
アストリアタウン上空。
二つの人影がそこに見える。
一人は赤いローブとマントに身を包んだ若い男である。
彼はそのいでたちと、身につけている強大な魔力から、周囲の者達からは紅蓮の魔導師と呼ばれている、本人以外に彼の本名を知る者は彼が忠誠を誓う竜帝ただ一人であるらしい。
そしてもう一人は妖艶な美女、黒いマントに身を包んではいるが、その下に隠された彼女のプロポーションが素晴らしいものであることはマントの上からも伺い知ることが出来る。
彼女の名はイザベラ、その美貌と、いざ戦う時の獣の様なしなやかな身のこなしから、美獣という通称を持っていた。
共に、自他共に認める竜帝の懐刀である。
「どうやら、大した自衛兵力は持っていない様だな」
「その様ね。少し脅かしてやればすぐに降伏しそうね」
そう言って美獣は紅蓮の魔導師に視線を流した。
「貴方が召喚する暗黒獣で、何人か石化させて見せたらあっという間よ」
「そうだな」
暗黒獣とは、竜帝達が魔界から呼び出す魔物の総称である。
紅蓮の魔導師は冷たく微笑むと、マントを翻し印を結ぶ。
「我は紅蓮の魔導師、我の呼び掛けに応じ出よ、暗黒獣…」
「待ちやがれ!!」
突如、地上からその呪を遮る声が聞こえた。
「! その声は!」
紅蓮の魔導師と美獣が一斉にそちらを振り返る。
そこに、六人が勢揃いしていた。
「そうはさせねぇぞ! 紅蓮の魔導師! 美獣!」
先頭に立つデュランが上空の二人を指さし、拳を握りしめて叫ぶ。
「貴様達は!」
紅蓮の魔導師が軽く舌打ちをする。
「またしても我々の邪魔をしに来たか!」
「紅蓮の魔導師、貴方は召喚呪を続けて」
美獣がいち早く地上へと向かう。
「あの六人は私が食い止めてさしあげるわ」
「頼んだぞ」
美獣は地上に降り立つ迄のほんの一瞬にマントの下で印を結び、口の中で何事かを唱える、そして。
「ラビーズ、召喚!」
マントを翻し、美獣の指が空を切る、と同時に空中から丸く黄色い兎達が無数に現れた。
ラビというのは竜帝達が好んで使う最も簡単に呼び出せる暗黒獣の一種である。
しかし、最も簡単に呼び出せるという事は、やはりその程度の戦闘力しか持ち合わせていないという事であり、個々の戦闘力を期待するというよりは、数で勝負する暗黒獣である。
その為、この暗黒獣達はまとめて「ラビーズ」と呼ばれているのであった。
それでも数が数なので、生身の人間では対処の仕様がない。
「よし! 皆、クラスチェンジだ!」
「了解!」
「マナマナ6! クラスチェンジ!!」
六人がポーズを決めると共に、各自の身体がそれぞれ別の色の光に包まれる。
光が消え失せると、六人は揃って戦闘服に身を包んでいた。
「マナマナレッド!!」
デュランが腰のライトニングソードを抜き払う。
「マナマナブルー!」
アンジェラがエナジーロッドを前方に突き出す。
「マナマナイエロー!」
ケヴィンがバク転をし、ファイティングポーズを決める。
「マナマナブラック!」
ホークアイがマイクロナイフを指に挟んで構える。
「マナマナグリーン!」
リースがエレクトロニックスピアを天に掲げる。
「マナマナピーンク!!」
シャルロットがサイバーフレイルを、ぶん、と振り回す。
「聖剣戦隊、マナマナ6!!」
レッド・デュランがライトニングソードの切っ先を美獣に向ける。
「覚悟しやがれ!」
「軽く遊んであげるわ。ラビーズ! やっておしまい!」
美獣が腰から武器の鞭を抜き地面を叩きつけると、それを合図にラビーズは一斉に六人に襲いかかった。
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